せんせいが “びゃーね・すぽっすぽっ” と呼ばれる理由
めでたく C++11 も出たし、さいきんは C++ AMP や C++/CX なんかの亜種も注目されてる、きょうこの頃。
そんな、いわずとしれた C++ のグルである Bjarne Stroustrup せんせい。
ビャーネとか、もっと親しみを込めてハゲなどと呼んでおけば問題は表面化しないのですが。
困ったことに、せんせいはデンマーク人なのでした。
ふだん英語を話している人たちも、先生の苗字はどう呼んだらいいか分からないのです。
日本では Wikipedia*1 が「ストロヴストルップ」「ストラウストラップ」「ストゥロウストゥループ」のカナ転写を紹介し、ちまたでは「すぽっすぽっ」「すっぽすっぽ」などのバリエーションで呼ばれています。はて、どれが正しいのでしょうか?
せんせいが英語話者のために書いた FAQ*2 には
発音は北欧っ子*3じゃないと難しいかもね。いままで聞いたなかでいちばんオススメなのは、「ノルウェー語で何度か読んでから、まるっとジャガイモを飲み込んで、もう一回ノルウェー語で読む」っていう方法だ :-)
It can be difficult for non-Scandinavians. The best suggestion I have heard yet was "start by saying it a few times in Norwegian, then stuff a potato down your throat and do it again :-)"
とあります。が、ノルウェー語なんて知ったこっちゃないし、なんの手がかりにもなりません。また、実践した日にはこんにゃくゼリー以上の生命へのリスクがあります。*4
わたしの名前はどちらも 2 音節で発音します。(中略) 苗字だけど、第一音節をノドの奥で終わらせたいから、ひとつめの U は V で書いた方が良いかもしれないね。Strov-strup だ。ふたつめの U は OOP の OO の発音を短くした感じなんだ。だから Strov-stroop と書くと雰囲気がつたわるかもしれない。
Both of my names are pronounced with two syllables: Bjar-ne Strou-strup. [snip] The first U in my second name really should have been a V making the first syllable end far down the throat: Strov-strup. The second U is a bit like the OO in OOP, but still short; maybe Strov-stroop will give an idea.
さきほどの Wikipedia のエントリが「ストロヴストルップ」になっていたのは、おそらくこの Strov-stroop からの転写だと思われます。
が。せんせいは「摩擦音としての [v]」が欲しかったのではなく「[v] を発音しようとしたとき、結果的に声門がチョット閉まる感じ」が欲しかったのです。この声門閉鎖をみごとに転写したのがすぽっすぽっなのです。なんと標準語なら 2 音節で発音できてしまい、リズム感もバッチリ再現できています。最初にこのカナ転写を考えた人は、なかなかの耳と、グルーヴの持ち主です。*5
じつは、「ジャガイモをノドに詰まらせた感じで」とか「ノドの奥で」という謎の指示は、stød *6 というデンマーク語固有の現象によるものです。これは Britney Spears みたいなアヒル声*7のせいだったり、声門閉鎖音のせいだったり、よくわからない概念の集合体で、デンマーク語とその兄弟言語を異質なものにしています。また、せんせいは触れていませんが、R の発音は、いわゆるフランスはパリっ子の R の音とだいたい同じなので、いっそうノドっぽく聴こえます。
(なお、せんせいの第二音節の説明はイマイチかもしれません。OOP の O は二重母音 /əʊ/ なのでちょっとヘンだし、それにしても stroop と書いてしまったら /struːp/ と読みたくなってしまいます)
で、たぶん、せいかいは IPA で [ˈbjɑːnə ˈsdʁɒwˀsdʁɔb]*8 です。なのでカナ転写するなら…うーん、どうしよう。
- ビャーネ・ストハウッストホプ ([ʁ] を表現してみたが...)
- ビャーネ・スタウストプ (近い響きだけど stød が消えてしまった...)
- ビャーネ・ストッストッ (なんだか、すごい読みにくい...)
結論。id:keshimogu は、印刷物などにはビャーネ・ストラウストロプを、リズム重視なら従来通りビャーネ・スポッスポッをオススメします。
# ホントは Pierre Boulez 御大のケースのように、直接本人にインタビューして訊いてみるのがイチバンだけどね…だれかー! (wikipedia:ノート:ピエール・ブーレーズ)
*3:英語の scandinavia ってゆー概念は 3 カ国 + アイスランドがフツーで、日本語とは違いフィンランドが入ることは稀です。ノルド語圏ってゆー発想かも。
*4:デンマーク人が繰り出す定番の自国語ネタです。…たぶん。
*5:最後の促音「っ」は、最後の文字 p の破裂音を再現しているので、意外と大事。
*6:Stød (sproglyd) - Wikipedia, den frie encyklopædi